歴史ネタ

武田勝頼は本当に愚将だったのか?武田家滅亡の原因?歴史のロマンを語る!


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武田勝頼って誰??

武田勝頼は甲斐(現在の山梨県)の名門、武田家の第20代当主です。

武田氏は戦国時代から安土桃山時代にかけて甲斐の戦国大名です。

 

武田信玄が存命であった最盛期には甲斐、信濃、駿河、上野西部、

遠江・三河・飛騨・越中の一部など計9国、120万石に及ぶ

領地をおさめていました。

 

父・信玄が「英雄」「豪傑」として高く評価されたのに対して、

その子、勝頼は武田氏を滅亡させたので「出来の悪い跡継ぎ」

「愚将」だと評されてきました。

 

でも歴史の通説は必ずしも正しいとは限りません。

「本能寺の変」で織田信長を自害に追いやった明智光秀は

「裏切者」「逆賊」として扱われます。

 

しかし、戦略・知略にたけた武将で、

領国では名君として慕われていました。

 

「桶狭間の戦い」で織田信長に敗れた、

今川義元も「無能」「貴族趣味」などと酷評されます。

北条、武田両氏も一目置いた人物で、

その名将ぶりはあの武田信玄も認めるほどでした。

 

それでは、武田勝頼はどうだったのでしょうか?

そのあたりを見ていきたいと思います。

武田勝頼とはどんな武将?

数々の勇将、猛将が戦国最強とうたわれた

武田軍団を支えていました。

 

そんな中で特に優れた武勲をあげた

有能な武将は武田二十四将として、

江戸時代には講談や軍記、絵画、

浮世絵などにとりあげられました。

 

武田信玄を含めて24人という数え方なので

23人ということになります。

 

作品によって二十四将とされる武将は異なります。

武田信玄の四男で、後に信玄の後継者となった

武田勝頼も二十四将の一人とされることもあります。

 

勝頼は信玄存命中から数々の戦で武勲をあげています。

信玄の死後、当主となってからは、織田領の美濃明知城、

徳川領遠江の高天神城などを陥落させました。

 

一時的とはいえ、父・信玄よりも領国を拡大させたのです。

高天神城は徳川氏が遠江を支配するうえでの重要な拠点です。

父・信玄も2万5千の大軍を率いて攻めましたが

攻略できませんでした。

 

この勝利に関しては評価が2つにわかれています。

一つ目は、勝頼が有頂天になり家臣団の進言を聞かなくなった。

その影響で後の長篠の戦で敗れた、という考え方です。

 

もう一つは、父に勝る武略を示したことで

家臣団をまとめあげたというものです。

 

また、織田信長上杉謙信などは書状の中で、

勝頼を「武勇にすぐれた武将」と高く評価しています。

 

こうして見てみると、武田勝頼も戦国時代を代表する

有能な武将の一人だといえるでしょう

武田勝頼の子孫はいるのか?

武田信玄の子どもとして確認できるのは、

息子が7人娘が5人です。

武田勝頼は信玄の四男です。

 

母は側室の諏訪御料人です。

実際の名前はわかっていません。

諏訪御料人の父が信濃諏訪領主の

諏訪頼重であったことからこう呼ばれています。

 

武田勝頼には4人の息子と3人の娘がいたとされています。

名前がわかっているのは信勝、勝親、貞姫、香具姫の4人です。

 

香具姫は家臣であった小山田信茂の娘で、

人質として預けられていました。

 

長男であった信勝は天正10年(1582年)に

勝頼とともに自害しています。

 

勝親は勝頼、信勝が自害した天目山から

鎌倉へ落ち延びたとされています。

後に、摂津国尼崎藤田村へ移り住み、

僧侶になり103歳で亡くなりました。

浄土真宗本願寺派で善悦と号したとされています。

 

貞姫は香具姫らと一緒に、

松姫(信玄の娘、おばにあたる)の手引きで

武蔵国八王子に落ち延びます。

 

後に、高家である宮原氏に嫁ぎました。

2代当主・宮原義久との間に晴克が産まれています。

5代目の宮原義真には男子がなく養子を迎えています。

高家旗本の宮原家は幕末まで続きましたが、

勝頼の系譜としては1690年で途絶えています。

 

このように勝頼の子孫の系譜が続いているという

記録は残っていません。

 

父信玄の系譜でいえば次男・海野信親の子孫は高家、

五男・仁科盛信の子孫は旗本、

七男・安田信清の子孫は上杉家の家臣となりました。

それらの系譜はいずれも現代まで続いています。

 

※高家(こうけ)、高家旗本とは江戸幕府の儀式や典礼をとりしきる役職のことです。身分制のもとで家格の高い旗本が代々、高家の職につきました。

 

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武田家滅亡の原因は?

武田家滅亡の原因については、

歴史的な解釈も大きくわかれています。

どのような視点から解釈するかも様々です。

一般的な見方は、戦国大名として勝頼が無能であり、

「高天神城攻略」(第一次高天神城の戦い)

原因があるとする考え方です。

 

「高天神城攻略」によって有頂天になった勝頼は、

家臣団の意見や進言を聞かなくなります。

 

それが慢心と武士団結束のほころびへとつながり、

「長篠の戦い」で大敗することになった。

これによって、織田、徳川、上杉、北条

四方を囲まれた武田氏は滅亡へ坂を転げ落ちたという解釈です。

 

「長篠の戦い」を前に、重鎮たちが

撤退を進言したが勝頼が聞き入れなかった。

 

上杉家の跡目争いである「御館の乱」での

対応を誤り、上杉、北条との関係を悪化させた。

 

なども原因とする局面は違っても、

勝頼を無能とする立場は同じです。

 

必ずしも間違いではないでしょうが、それでは、

天下統一できなかった大名は無能だったということになります。

 

戦国時代に敗れ去った武将が

みんな無能や愚鈍だったわけではありません。

 

「勝負は時の運」という言葉は本当のことで、

戦の勝ち負けには戦略や戦力だけでなく、

周囲の情勢、時流(時代のながれ)のなど様々な要因が影響します。

 

人並み外れて優秀な武将であっても、

奇才、天才には勝てないという現実もあります。

 

少し違った解釈をしてみたいと思います。

武田勝頼だけでなく、武田信玄の代から含めて

武田家が時代の変化に対応できなかったという考え方です。

 

その前に織田信長の果たした役割について見てみましょう。

 

織田信長は「職業武士集団の重用」「検地」「楽市楽座」

「関所の撤廃」などの新しい政策を打ち出しました。

鎌倉・室町から続いた「中世」が終わりをつげ、

「近世」へとうつりかわります。

 

まず、経済政策では日本最初の自由貿易政策「楽市楽座」を創り、

寺院や貴族などの旧勢力の特権を奪いました。

中世日本の経済を活性化させ近世化へと導きました。

 

また、巨大な軍事力と財力で兵農分離を進めました。

武士以外の農民や僧侶の武装を解除しました。

長期戦乱の一因ともいえる民衆の武装化排除を進めました。

 

信長の政策は大きな流れとなって時代をつき動かしていきます。

後に、信長を倒した明智光秀が、

その流れを押し戻そうとしますが、

あえなく秀吉に敗れてしまいます。

 

秀吉が予想を超える速さで反攻したのが最大の要因です。

でも、仮に「光秀の三日天下」ではなく

「数か月天下」であったとしても、

時代を戻すことはできなかったでしょう。

 

話を勝頼に戻します。

甲斐やその周辺を治めるうえでは

信玄や勝頼の手法は有効でした。

でも、天下を見すえた奔流に飲み込まれてしまったのです。

つまり、甲斐武田氏の限界が滅亡の原因だといえます。

武田勝頼の最後はどう記されている?

天正10年(1582年)2月、

信玄の娘婿で外戚木曾義昌が織田信長に寝返りました。

 

木曾討伐にむかいますが苦戦しているときに、

織田、徳川、北条が一気に武田領へと攻め込んできます。

 

その際に浅間山が噴火し、武田軍団の動揺に拍車をかけました。

 

いくつもの拠点を攻め落とされるなか、

一族の重鎮・穴山信君が徳川家康を介して

織田信長に服従してしまいます。

 

そのため離反者が続出し、

未完成の新府城に放火し岩殿城に逃れようとしました。

 

しかし、城主の小山田信茂が織田方に寝返ったため、

進路をなくしました。

 

勝頼一行は武田氏ゆかりの地である天目山を目指します。

その途中、田野で追手に捕まります。

 

勝頼は嫡男の信勝、正室の北条夫人とともに自害しました。

勝頼39歳、信勝19歳でした。

これにより、450年続いた甲斐武田氏は滅亡しました。

まとめ

勝頼の辞世の句は、

「朧(おぼろ)なる月もほのかに雲かすみ

晴れて行くへの西の山の端(やまのは)」です。

 

「遥か遠望される夏山の梢  その如何にも涼しげな様を、

野中の水の緑に映して見ることだ」という意味だそうです。

 

 

 

武田氏滅亡から間もなく「本能寺の変」により、

信長が歴史の舞台から姿を消します。

 

徳川家康は残された家臣や武田家に

ゆかりのある人たちを大切にします。

 

また、天目山の地に景徳院を創建して、

勝頼と家臣ら殉死者の菩提を弔いました。

 

後に天下をおさめる家康が

武田氏への心からの尊敬の念をあらわしています。

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戦国武将ガイド『徳川秀忠』に迫る・・・2代目はツラいよ!!


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